別れを告げる、一歩手前


















さ よ な ら を 言 う 前 に


















「お話がありますの」


以前と変わらぬ表情をして、
以前と違う衣装を身に纏った彼女は、そう言った。


「お時間が空きましたら、来て頂けませんか?」


何を感じるでもなく、ただぼんやりと
彼女を見つめて頷いていた。


「…、分かりました」








コツコツ、と怖いくらいに静かなその空間にブーツの音が響く。
さっきから誰一人としてすれ違わないこの戦艦は
まるでこの世界に自分はたった一人なのだと、思わされる。

―実際は、


「―――アスラン…」

「………。」


独りではないのだけれど。








桃色の髪がくるり、と廻って
幼くも整った綺麗な顔と対面する。
その表情は優しくもあり、
もう遙か昔のものと感じられるように懐かしかった。


「来て下さって、ありがとうございますわ」

「いえ…」


ラクスは何が面白かったのか、歌姫と呼ばれるに相応しい
涼やかな声で小さく笑った。


「ラクス?」


そう名を呼べば、ラクスは微笑みをふかくして
真っ直ぐに、真っ直ぐに、俺の瞳と碧色のそれを合わせてくる。


「急にお呼びだてしてすいません」

「あ、いえ……」


だけど俺はどうも他人と顔を合わせるのが苦手で、
何より、貴女の瞳の碧の深さに、吸い込まれそうな気が、して

いつも、逃げてた――




「どうしても、お話ししておかなければと、思っていましたの、」

「お話、ですか」

「ええ。私たちの…婚約の、お話ですわ」



こわい

その続きを聞くのが、とても――


「………。」


何にも、考えていなかったわけじゃない。
だけどこのまま流れに身を任せてしまえばまた、
前のように自然と戻れると、そんな薄っぺらな希を持っていた。


例え貴女とキラが、仲良くなっていたとしても―――





「きちんと、お別れをしましょう」





「………ッ」

「ずるずると中途半端なままだと、お互いの為にならないと思うのです」


でも、どこかで、理解っていたのかも、しれない。
こういう瞬間がくる、ことを――

頭の中で、ラクスの言葉の欠片がぐるぐると廻る。
「お別れ」とか「中途半端」とか「お互いの為」とか
そんな単語ばかりが響く。―脳を突き刺すみたいに。


「もともとは親同士が決めたもので、私たちの意思は含まれなかったのですから」


貴女は最初から、そう思っていたのか?
俺と出会ったときからもう既に、戦争の奥深くを覗き込んで



「敵だというのなら、私を撃ちますか。ザフトのアスラン・ザラ」

「アスランが信じて戦うものはなんですか? 戴いた勲章ですか? お父様の命令ですか?」



貴女はこんな人間だっただろうか

貴女はこんなことを言う人間だっただろうか



貴女はこんなにもこんなにも、遠かっただろうか―――



「お別れを、しましょう、」


そんなにも俺と離れたかったんだろうか


「―アスラン」













「いやです」








って、言ったら貴女は、どう想うだろう。
哀しむのか、怒るのか、それとも、喜んでくれるだろうか。

けど、その応えを知りたいと思うほど俺は


「なんて、言えませんね」


強い人間じゃないんだ。


「…ビックリ、しましたわ」

「すみません」

「いえ、でも、そうですわね」


ラクスは、ビックリしたような表情を貼り付けはしたけれど、
すぐにまた普段の微笑みで覆う。その深い心を、その総てを。
苛立ったかもしれない、哀しんだかもしれない或いは、何も思わなかったかもしれない。
でもその総てに、彼女は笑顔で対応する。

それはまるで、本に出てくる女神のように








「―――では、」

「ええ」

「ありがとう、ございました」

「そんな…、お礼なんて、ラクス」


ラクスが、その微笑みの下にどんな感情を抱いているのか
皆目検討もつかないのだけれど、
泣くことも哀しむこともない関係だったかもしれないけど、
長いようで短い、短いようで長いその期間を一緒に過ごせたこと、
本当に本当に、俺は嬉しかったから――


不器用で、ごめん

こんな俺だったけど、嬉しかったから


せめて


優しい貴女のその空色の瞳が、曇ることの無いように



出来るならば、次に会うときは笑顔でいられます、ように









「ありがとう、」


















「さようなら」




































(06/02/07)