「ねえ、神様っていると思う?」

「……いないと思う」


















神 様 が 居 る と し た ら


















何処までも続く深い闇。
小さな波の音だけがその場の音を吸収したように支配する。
流れの速い雲の切れ間から照らし出される少女は深く哀しく微笑って、
今までのどれとも違うその表情に、心にざわめきが生じた。


「…ねえ、神様っていると思う?」

「………いないと思う」


以前にも尋ねた事があった。
そのときもやはりそんな声色で、そんなイントネーションで否定していた。
原因はそれだったかもしれないし或いは違うかもしれない。
どちらにせよミーアが静かに笑ったことに、変わりは無い。
その様子を見つめながら、アスランは眉根を寄せ表情を深くする。


「ミーア、」

「あたしもね、いないと思ってたの」


だって嫌じゃない。
苦しいことも哀しいことも全部定められてるなんて。
掌の中で踊らされてる、なんて。
わたしがどんな思いで生きてるかもしらずに。―いや、知ってて、なのか。


「神様なんて存在居たって居なくったって変わらないし、

 居るならどうしてこんな人生歩ませるのってイライラしちゃうもの」


辛辣な言葉を吐くミーアの表情は思いの外明るく、
それはまるでそう言っていた過去の自分に思いを馳せているようにも見える。
『なんて、思ってた頃もあったな』―そう、表情で呟く。



「神様なんて大嫌い」



大嫌い―その言葉はアスランの心の真ん中に静かに落ちた。
理由はきっと、『似ているから』―あの頃の自分に。
大切な人を無条件に喪った痛み、それだけでいっぱいだった自分の心。


「…うん、」

「アスラン、も?」

「…………うん」

「そう」


一緒だね、だとかそうなんだ、だとか意味なんて一切含まない「そう」。
だからそれは返事でもなんでもない、ただの言葉なんだろうと解釈する。


「不公平よね、同じ人間のはずなのに」


容姿とか家柄とか―過去への自分とは心の区切りがついたのか、
ぶつくさ言うミーアは『いつもと同じ』で
アスランはほっと安堵感に駆られた。
なぜかは分からないけれど。


「……こんな時代に生むなんて」

「………、」


ゆっくりと見つめようと思ったミーアの双眸は暗い闇を彷徨い、
従ってアスランには横顔が映った。
それは見知っているはずの顔。


だけど見知らぬ他人の顔。


「もっと平和な時代に生まれたかったな」


『彼女』はたぶん、そういう弱音とか愚痴とかに分類されるような言葉は発しない。
もっと前向きで強いものばかりを選択して細心に注意を払ってから口にする。
性格もあるのだろうけれど一番は立場だろう。
俯くことすら赦されぬ、少女にしてはかなり厳しい状況。



「――なんて、ラクス様は言わないよね?」



まるで自分の脳内を見透かされたような感覚に陥り、アスランは苦く微笑う。
今度こそミーアと視線を合わせることに成功したのはいいが、よりにもよって
こんな話題のときだなんて。


「強い人だから」

「うん、そうね」


まるでこの闇を柔らかく照らす月の光のような、
独りでも頑張ることを知っている人。
知らざるを得なかった、と言っても過言ではないだろう。



「――だけどね」



瞳を閉じて唇には笑みを浮かべるミーアの顔は、
今までのどの彼女のそれよりも美しく、
本物にも負けると劣らず、綺麗だった。


「いるかもしれないね」

「……なにが?」

「神様」


「……どうして、?」


ミーアはくるりと振り返り、アスランに背中だけを
見せる格好になる。表情は伺えなくなってしまった。




「だって、アスランに会えたんだもの」




雲の流れが、速い。
月の光は先ほどよりも強さを増して、
もとより通常よりも多く感じられる雲が
月の見せ隠しのスピードを上げる。


「過去のあたしじゃ想像もつかなかった」


ぽつりぽつりと呟かれる言葉はすぐに大気と混ざり、消えていく。
それでも消える前には必ずアスランの耳に届き心に染み込んでいく。
さわさわと柔らかい風が2人の髪を揺らし影を動かせる。


「こんなにもアスランと一緒に居られるなんて」


そうでしょう?―言外に含まれているほぼ確認のような言葉。
それは誰に向かっているのか、明確には分からないけれど。



「これが神様のいたずらだって言うのなら、」


信じてみても良いかもしれないって思うの



ぼんやりと聴こえるミーアの声。
アスランは返事もせずにただただ聞き入っている。
神様の存在について、だなんてどこかの学者でもあるまいし
生涯語らうなんてこと、まず無いと思ってた。


だけれど此処でミーアと話をしているのは至極自然なことに感じられて、
アスランの脳内はいま、自分でも分からない感情で溢れていた。




「………………ミーア、」






























繰り返されるのは、柔らかな彼女の声

蘇り続けるのは、振り向いた彼女の表情




































(06/04/23)