3人で、


いつか、3人で























忘  れ  雪


















「アスランって苦いのが好きなの?」


目の前に居る少女が澄んだ声で尋ねて来た。



本日は休暇。
と、言ってもクルーの中で彼一人だけ。
何事かと思ってみれば、議長の計らいというヤツで。
アスランが口を開く間もなく、トントン拍子で
「婚約者」との食事会を迎えることとなった次第である。


「…ん、まぁ好き、かな。どうして?」


プラントを見下ろせる高さの
二人にしては広い部屋に通され、彼女と再会で始まった食事会。
ラクス・クラインの名を此処では隅に置き、
ミーア・キャンベルとしてアスランは少女と接する。


「だって、いっつもコーヒー頼んでるんだもの。それもブラックで」


私だったら絶対飲めない、と明るい顔をわざと苦くして舌をちろっと出す。
その仕草にアスランは笑いを誘われ、思わず手の甲でそっと唇に触れた。

アスランの前には食後用にとコーヒーが出され、
それには一度たりとも何も加えられたことがない。
ミルクもガムシロップも掻き混ぜる為のミニスプーンも、
最初から用意されなくなったのが常連客の証とも言えようか。


「あ…うん、まぁ。」


濁すように歯切れの悪い言葉だけを声に出す。
決して話に興味が無いわけではなく、これくらいしか考えが及ばないのである。
そのことを理解っているからだろう、桃色の髪が揺れてくすくすっと微笑みが零れる。
――あまりにも「らしい」と。




「あたしはミルクティが好き」




無邪気な笑顔で、形の良い唇がそう伝えた。




「ええ、ミルクティです。」




蘇る。

瞬時に、目の前の少女と同じ顔が。
瞬時に、目の前の少女と同じ声が。
瞬時に、目の前の少女と全く違う仕草が。



よみがえる、




「ミルクひとつと、ガムシロップを」

「――ひとつと、半分?」


ミーアの言葉は遮られ、アスランの声がそれを引き継ぐ。
驚いたように顔を上げて翠の瞳を捜す―それはすぐに見つかった。




「…んーん。ふたつ、よ」




えへへと困ったようにはにかんで微笑う少女に
アスランも落とすように、静かに微笑みを貼り付ける。


「………。」

「………。」


ミーアは口を噤み、アスランには用意されなかったミルクとシロップを
自分で言った通りの分だけ、真っ白いシーサーに乗ったカップの中に注入してゆく。
白と透明が入った液体は美味しそうなアーモンド色に近付く。


カチャカチャとスプーンで掻き混ぜる音だけが耳に響く。




「私が好きなものですから、ついつい出す頻度も多くなってしまって」




再び頭の奥に懐かしい声が響く。
彼女の家でよく聴いた音だから――?






「アスラン、ミルクティが苦手なんですって?」


「アスランは苦手そうね」




似たような容姿で、脳内の彼女と同じことを呟くから
思わず手放しかけていた意識が自分の中に戻って来た。


「…、アスラン?」

「あ、や…う、うん…、」

「……。ラクス様はローズマリーとか好きそうだなぁ」


ミーアは間を挟んで話題を少しだけ飛ばした。
と、同時に視線もアスランから広い部屋の中へと変え、
白い指を折り合わせて組んだ上に自らの顔を乗せる。


「…―ラクスは、」

「――……」




「ラクスはミルクティが好きなんだよ」




ほんの一瞬、少女の瞳が大きく開かれた。




「――でもストレートで、でしょう?」


「いや…、ミルクひとつとガムシロップを」


「ひとつと半分?」


今度はミーアがアスランの言葉を次いだ。
空色と翠が合わさって、微笑みが零れる。


「これからあたしもひとつと半分にしようかな。あ、アスランもそうする?」

「勘弁してくれ」


アスランが困った風にそう言うと、
ミーアはくすっと懐かしい声で笑う。


「………。」

「――今度、」

「え?」







「いや、いつか3人で飲めたらいいな…って」







「あ、あたし一緒でもいいの!?」

「うん…ミーアさえ良ければ」

「当たり前じゃない、とっても嬉しいわっ」




ありがとうアスラン








「ありがとうアスラン」




ああそういえば、




あのときの彼女もそう言っていたような、――












3人で、


いつか、3人で
























「ミーア…ッ」


どうして、こんなときに、


「…ッ、ぐ…ぅ」












涙と共に溢れそうな想い、








それは、








呆れるほどに、場違いな想い




































(06/02/28)